東京地方裁判所 平成7年(ワ)2383号 判決 1996年3月01日
原告 X
右訴訟代理人弁護士 金澤均
同 小口隆夫
被告 住友生命保険相互会社
右代表者代表取締役 A
右訴訟代理人弁護士 川木一正
同 松村和宜
同 長野元貞
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金五〇〇〇万三〇〇〇円及びこれに対する平成七年二月一七日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 主位的請求の原因
1 被告は、生命保険事業及びその再保険事業を目的とする会社である。
2 B(以下「B」という。)は、被告との間において、平成四年八月一日、受取人を原告として、Bが死亡した場合、被告は五〇〇〇万三〇〇〇円を給付する旨の生命保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。
3 Bは、平成六年一一月一四日に死亡した。
4 よって、原告は、被告に対し、本件保険契約に基づいて、右保険金五〇〇〇万三〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成七年二月一七日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 主位的請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 請求の原因2のうち、Bと被告が、平成四年八月一日、左記内容の生命保険契約を締結したことは認め、その余は否認する。
証券番号 <省略>
契約者兼被保険者 B
死亡、高度障害保険金受取人 法定相続人
主契約死亡保険金 二五〇万三〇〇〇円
定期保険特約(一〇年間) 四七五〇万〇〇〇〇円
保険料(特別保証期間内) 月額二万六七五五円
Bが死亡した時点における同人の法定相続人は、同人の姉であるC及びDの二名であった。
3 請求の原因3は認める。
4 請求の原因4は争う。
三 予備的請求の原因
1 E(以下「E」という。)は被告の被用者(外務員)であり、被告の事業の執行としてBを勧誘し、本件保険契約を締結させた。
2 仮に本件保険契約の受取人が原告でないとしても、Bは、本件保険契約締結に際し、原告を受取人とする意思を有していたのであるから、Eは、被告に対しBと原告との関係を説明して原告を本件保険契約の受取人としても、保険金詐欺など被告の憂慮する事態が発生するおそれのないことを被告に理解させ、被告をして、Bとの間において原告を受取人とする保険契約を締結させる義務があったにもかかわらず、原告を受取人とすることが被告の禁止する第三者受取に該当するか否かの確認を漫然と怠って、Bに対し、受取人を法定相続人とするよう提案し、受取人を法定相続人とする本件保険契約を締結させた。
3 Eは、右提案により、Bをして、受取人を法定相続人とすれば原告が保険金の全額を受け取ることができる旨誤信させ、本件保険契約を締結させた。
4 右2、3のEの過失により、原告は、同過失がなければ当然に受け取ることができた本件保険金を受け取ることができなくなり、本件請求額と同額の損害をこうむった。
5 よって、原告は、被告に対し、民法七一五条に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。
四 予備的請求の原因に対する認否
予備的請求の原因1は認め、同2ないし4は否認し、同5は争う。
五 三次的請求の原因
1 Eは、Bが原告を保険金受取人とする意思を有していることを知りながら、Bに対し「姉でないのであれば相続人というのもあるんですよ」などと不実のことを告げ、また、本件保険契約の受取人を法定相続人とすれば、Bと原告との婚姻届出前にBが死亡した場合、原告は受取人になることができないとの重要な事実を告げない等、保険募集の取締に関する法律一六条一項一号に違反する行為を行った。
2 Eの右行為により、原告は、被告に対する保険金請求権の発生、取得を妨げられ、請求の趣旨記載の金員相当の損害をこうむった。
3 よって、原告は、被告に対し、保険募集の取締に関する法律一一条一項に基づく損害賠償として、請求の趣旨記載の金員の支払を求める。
六 三次的請求の原因に対する認否
三次的請求の原因はいずれも否認又は争う。
七 抗弁
仮に本件契約の受取人が原告であるとしても、本件契約の受取人はBの相続人である旨表示されていたため、被告は、B死亡時の同人の法定相続人であるC及びDが右受取人であると過失なく信じて、平成七年二月一四日、右両名に対し、本件契約に基づく保険金五〇〇〇万三〇〇〇円を支払った。
八 抗弁に対する認否
抗弁は否認する。
被告は、原告が保険証券を所持していることを知りながら、原告の三度にわたる通知及び申入れを無視して、保険証券が紛失されたものとの虚偽の手続に基づき、C及びDに対し死亡保険金を支払った。したがって、被告は、右両人が保険金受取人でないことを知っていたか、知らないことにつき過失があった。
第三証拠<省略>
理由
一1 主位的請求の原因1、同2のうち受取人が原告である点以外の部分、同3については、当事者間に争いがない。
2 予備的請求の原因1については、当事者間に争いがない。
二 そこで、主位的請求の原因2のうち、受取人が原告である旨の主張について判断する。
1 本件保険契約の申込書及び保険証券には、本件保険金の受取人を「相続人」、「法定相続人」とする旨の記載がある(甲一、乙一)。そして、Bが死亡した時点において、原告は、いまだBと婚姻届出していなかったので、Bの法定相続人には当たらず、相続人はBの姉であるC及びDの二名であった(弁論の全趣旨)。
右のとおりであるから、本件保険契約の受取人が原告である旨の主張を認めることはできない。
2 もっとも、原告は、本件保険契約締結当時、Bは原告を保険金受取人にする意思を有しており、「法定相続人」という文言をもって原告を表示した旨主張する。
証人Eの証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、Bが原告に本件保険契約の保険金を受領させるつもりであったことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。しかし、原告がBと婚姻届出すれば、原告は直ちにBの法定相続人となるのであり、しかも、本件保険契約締結当時、原告と前夫との離婚が成立し次第、原告とBは婚姻届出する意思を有していたこと、右当時、原告もBも、Bはまだ長く生存するものと考えていたことに照らせば(原告本人)、Bが本件保険契約の保険金を原告に受領させるつもりであったことから、直ちにBは「法定相続人」という文言をもって原告を表示したと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 次に、予備的請求の原因2、同3について判断する。
1 原告は、Eが被告にBと原告との関係を説明して、原告を本件保険契約の受取人にしても問題のないことを被告に理解させ、被告をして、Bとの間において原告を受取人とする保険契約を締結させる義務があった旨主張する。
しかし、被告の従業員であるEが、原告又はBに対し、右のような義務を負っていたと認めるに足りる証拠はない。また、仮にEがBに対して右のような義務を負っていたとしても、その義務を怠ったことが、直ちに原告に対する不法行為になるとは考えがたい。
2 また、原告は、Eが、Bに対し受取人を「法定相続人」とする旨提案したことにより、Bをして、右提案に従えば、原告が保険金の全額を受け取ることができる旨誤信させた旨主張する。
しかし、右二2で述べたとおり、Bは保険金を原告に受領させるつもりでいたことは認められるものの、そのことから直ちに原告主張の誤信があったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。また、仮にBがEの提案により右誤信に陥ったとしても、原告を受取人に指定することができるか否かは、Bと被告との保険契約の内容いかんによることであるから、Bを右誤信に陥らせたことが、直ちに原告に対する不法行為になるということはできない。
四 さらに、三次的請求の原因について判断する。
原告は、EがBに対し、受取人を法定相続人とすれば原告が保険金を受け取ることができる旨虚偽の事実を告げ、また、受取人を法定相続人とすれば、Bと原告との婚姻届出前にBが死亡した場合、原告は受取人になることができないとの重要な事実を告げなかった旨主張する。
しかし、受取人を法定相続人とした場合、原告とBが婚姻届出しさえすれば、原告は全額ではなくとも少なくとも半額の保険金を受け取ることができたのは事実であるから、EがBに対し、受取人を法定相続人とすれば原告が保険金を受け取ることができる旨述べたとしても、これを一概に虚偽ということはできない。
また、証人Eは、受取人を法定相続人とすれば、Bと原告との婚姻届出前にBが死亡した場合、原告は受取人になることができない旨をBに対し説明しなかった旨証言している。しかし、内縁の妻が相続人になれないことは広く知られていることであって、このことをEがBに対し注意的に指摘しなかったとしても、それは保険募集の取締に関する法律一六条一項に定める禁止行為には該当しないというべきである。
五 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 加藤美枝子)